ゆるゆる自適

JKとして歩む日々

様々な誤解を招いた結果カウンセリングを受けた話

12月24日、自分が箱入り娘だったことを忘れてバンドマンをしていたらお父さんが大激怒してしまい、23:00におうちに強制送還。私を玄関前で待っていたお父さんは真顔で、おかえりも言わずに寝室へと向かいました。私は「明日どこにも行かないほうがいいかな」と思いながらも、誘惑に負けて12月25日も出かけていました。寒さとお父さんの怖さに震えながら20:59に帰宅。震えている私は誰かに会いたがっている西野カナのようでした。震えながら晩御飯を食べていると、お父さんがテレビの音量を小さくしました。ついに大説教会の始まりだと思い、「あの... ...テレビ消しましょうか」とか細い声で聞いてみると「いや... ...いい」と低い声で言われてしまいました。死を覚悟し、心の中で最後のクリスマスを祝いました。「メリークリスマス、世界... ...愛していたよ」そう思いながら顔を上げると、お父さんは少しためらい、こう言いました。

「昨日は言い過ぎた。ごめんな」

やはり箱入り娘には優しいお父さんでした。みなさん、メリークリスマス。
そしてあけましておめでとう。

事の発端

あの日は確か前期中間テストの真っただ中でした。毎日睡眠時間2~3時間の生活を送り、テストへのストレスを抱えている上、体に合わない水をがぶ飲みしていたおかげで体調が死ぬほど悪く、保健室受験を余儀なくされていました。私は「オェッ... ...ウッ... ...アア... ...」と瀕死のゴリラみたいな声を出し、朦朧とした意識の中で問題を解いていました。

一般科目のテストが終わり、死んだ顔で保健室を去ろうとしたとき、「最近寝れてる?」と少しぬるめの水を差しだされながら保健室の先生に聞かれました。私は、ぬるい水を少し飲み「まあ... ...(テスト勉強忙しいし)寝れてないですねえ」と答えるわけです。少し苦笑いをしながら水をちょびちょび飲んでいると、保健室の先生は「ごはんは食べれてるの?」と聞いてきました。「いやあ... ...(おなか痛いし)食べてないっすねえ」と、残り少ない水を一気飲みしながら言いました。保健室の先生は、真面目な顔をしながら「... ...悩み事とかあるの?」と聞いてきました。この時点で気づけよって感じなのですが、何も考えていない私は「まあ... ...(テストの出来が悪いし単位落ちそうだから)ほどほどにありますよ」と答えました。少し悩んだ顔をした保健室の先生は、私の目をしっかりみながらこう言いました。

「りしさん、カウンセリングいったほうがいいよ」

この言葉を聞いて、今までの会話の意味がやっとわかりました。私、この人に心配されてんだなあって。確かにこの日は全身真っ黒で寝不足で目の下クマできていたし、体調不良でいつも以上に顔は白いしパッと見... ...むしろガン見してもメンヘラ。勘違いされても仕方がないわけです。どうしようかと色々悩みましたが、断っても話が長引きそうなので「じゃあ... ...カウンセリングうけ」と言い残し保健室を後にしました。

初めてのカウンセリング

テストが早めに終わったおかげで、少し長めの特別な放課後がやってきました。でも私はカウンセリングです。

「特に話すことがないんだよなあ」と思いながら保健室に向かうと、知っている先生が保健室のドア近くの椅子に座っていました。「どうしたの?気分が悪いのか」と聞かれ、「いえ... ...カウンセリングです」と返すと何とも言えない顔をされてしまいました。ちょっと悲しくなっていたところ、後ろから学科の先生が現れました。「どうしたの?」と聞かれたので「あ、カウンセリングです」と返すと微笑まれてしまいました。よくわからない、でも優しい人だと涙が出てきました。

そうこうしているうちに、カウンセリング室に通されました。ドアを開けるとカウンセラーの方が座っています(それはそう)。「こんにちは、どうぞ座ってください」と言われ、インキャ困惑しつつも「あ、はい... ...」と答えます。すごいですね、会話が成り立っています。私は自分から話そうとはせず、ひたすらカウンセラーさんから質問に答え、掘り下げられ、「なるほどねえ」と言われながら自分の言動をメモされます。気づけば、質問攻めから会話となっていきます。カウンセラーってすげえなあ、コミュ力の塊かよと思いました。

私の話がひと段落すると、次はカウンセラーさんがお話しをし始めます。そのお話の内容を軽くまとめてみました。

今まですごく頑張ったんだね

「___え、そんなことないと思いますけど」

脊髄反射で出た言葉でした。
今まで「頑張ったね」なんてあまり言われたことなかったし、言われていたとしてもお世辞だと思って聞き流していたのでしょう。少し驚いた顔をした私をみて、カウンセラーさんは話を続けます。

「いいえ、頑張っています。私だったら、りしさんくらいの年齢でこんなに色々やっていたら潰れちゃう。しかも、りしさんは優しくて頼りになるでしょう?だからみんな、りしさんに甘えたり頼ったりするのね。それに応えちゃうりしさんって、すごいと思うし頑張ってるよ」

正直言っていいですか、泣いた。

あなたはストレスに鈍感

ストレスに敏感も鈍感もあるのかと思ったのですが、あるらしい。

カウンセラーさん曰く、ストレスを多く受けていた子供たちはストレスがたまっていても気づかない... ...たまっているとわかっていても「このくらいのストレスは問題ない」と言い聞かせてしまう子が多いそう。私の場合、小学生の時から部活に入って休みのない日々を送っていたりなどをしていたおかげでストレスに慣れてしまったのではないかと言われました。こうゆう人たちには、定期的に誰かに近況報告したり、愚痴を聞いてもらうような機会を設けてもらうのがひとつの対策だと話していました。

ストレスがたまっていても気づかない人って、意外に多いような気がする(少なくとも高専生は多そう)ので、みんなお友達とか親とかカウンセラーさんに色々話してすっきりするといいぞ。

自己肯定が低い

「いやいや、自己肯定が低くないですよ... ...ただ肯定する場所がないだけで」
「そうゆうところだよ」

なんてことだ。漫才をしてしまった。

自分を認めて褒めよう

「いやだからね、褒めるところないですよ」
「そうゆうのがだめ」

自分を認めて褒めてあげないと人生生きづらいらしい。私は今まで生きづらい世の中で生きてきたみたい。

ごはんは食べよう

美味しいごはん食べたいって話をしたら「アイス食べに行こうか?」って言われてとっさに断ってしまったんだよな。今思えば断らずにアイス食べに行けばよかったなって後悔しています。

カウンセリングを終えた

時間が過ぎ、気づけば終わりの時間です。やっと終わったぞと腰を上げた瞬間、カウンセラーさんがニコッとしながらこう言いました。

「定期的においで。次はいつにする?」

私はカウンセリング常連になってしまった。

最後に

様々な誤解を招きカウンセリングを受けた結果、カウンセリング常連となりましたが後悔はしていません。むしろ、自分を客観的に見てくれて、さらにアドバイスまでしてくれる人と巡り会えたわけですから感謝しています。ただ、最近体調崩すたびにカウンセリングを勧められてしまうようになってしまったのでちょっと悲しい気持ちになっています。

冬休み前に体調を崩したときも、保健室の先生に「たぶん腸炎か食あたりかストレスなんだけど... ...りしさんさあ、カウンセリング行ってみない?」と勧められてしまい、見事カウンセリングの予定が入りました。なぜでしょう。たぶんあれ昨日食べた魚フライの油でおなかがやられたと思うんですけどね。

世の中は私をメンヘラにしたがっているみたいです。謎だなあ。

委員長歴1年を突破した私がいろいろ語る

※この記事はICT Advent Calendar 201725日目の記事です。

ジングルベルじゃなくてシングルヘル、今年もそんな日がやってきました。
みなさんメリークリスマス!

体調不良により、12月21日から一足先に冬休みをしています。りしです。
久々に死を感じましたがどうにかクリスマスまで生きることができました!人生生きるだけで丸儲けですよ。

良い子のみんなはクリスマスプレゼントをもらえたかな?私はどうだったかというと、12月16日にサンタさんに土下座して2000円をもらい黒いコンバースを買いました。残り2500円くらいは自分で払いましたがよしとしましょう。

コンバースといえば、代表的なモデルであるオールスターが頭に思い浮かぶ人が多いのではないでしょうか。オールスターが生まれたのは1917年、実はバスケットボール専用のシューズ(いわゆるバッシュ)として誕生したんですね。気づけば、ファッションの一部としてオールスターは浸透しており、100年経った今でも世界中の人々から愛されるスニーカーです。

みなさんもぜひ、101年目を歩みだすコンバースとともに人生を歩んでください。

昨日のアドベントカレンダーさん

12月24日... ...クリスマスイヴ担当は、ポエットわっさん先輩です。

wassan128.github.io

今回お話しすること

コンバースへの愛が止まりませんが、それより今回は委員長1年目の私がICT委員会についていろいろ語る... ...ということでズラズラァっと長く書きます。

とりあえず去年の目標とともに振り返る

実はね、去年の今日にこんな記事を書いていました。

10riridk0.hatenablog.jp

昔の私、ちゃんと目標を立てていたらしく感動しています。
これに沿って、ちゃんと目標を達成できたか確認していきたいと思います。

初心者向け講座やワークショップを開く

一応講座は開いたんだけども、片手で数えるレベルしかやっていないし(記憶が曖昧なので嘘かもしれない)、技術が継承できたかと言われればそれはNOという状態です。興味は持ってくれたかもしれないですが、それ以上はなかった... ...というパターンもありそうな感じがします。私も含め、先輩や同級生がプロコンやPCKなどのことで精いっぱいすぎて初心者向け講座やワークショップの存在を忘れていたということもありますし、今年は夏合宿をしなかったのでまとまった時間が確保できなかったのが原因かもしれません。

でもやっぱね!委員長的に初心者向け講座とかワークショップする文化を定着させたい気持ちが強いので、来年もこの目標を掲げたいと思います。

リーダー育成

人生終わりって感じの文字列ですね。
普通にできませんでした... ...というか、育成できるレベルの人がICT委員会に存在しないため、どうすればいいかわからないのも事実。

マニュアルをつくる

こんな目標もあったなあとしみじみ思っているところです。
委員長マニュアルはじわじわ書き始めてるのですが、リーダーマニュアルなんてものは存在しませんし、競技プログラミングマニュアルは... ...あれ... ...書いてたよね?(記憶が曖昧)

新1年生向けの説明資料をつくる

これ一応作った(やがみあん先輩としゅりの力)
でもね、実はDropboxさんから別のクラウドサービスに移行する説が高まっているので新たに作り直さないといけないですね。

1年生同士の交流を深める

もうごめん以外の感情が思い浮かばない。
私がプロコンで精いっぱいすぎて、1年生同士の交流してもらうためのイベント開催してないしね... ...しかも今の1年生と2年生以上が会話しているところをあまりみないし、 ICT部員同士の交流もあまり活発ではないのではと思っています。このままではマズイので、春休みの合宿とかでどうにかイベント開催できないかと頭を悩ませているところです。

ICT委員会でおそろいのポロシャツつくる

パーカーを作りましたね。
これ今年も注文したほうがいいのではと思いながらも1年が過ぎようとしている。

振り返りとしては以上になりますね。目標達成したものもあるし、ないのもありますが... ...委員長1年目の割には頑張ったかなって思います。

2018年の目標をたてる

先ほどの振り返りを踏まえて、新たに目標をたてたいと思います。

初心者向け講座やワークショップ、LTを自由にできるような環境づくり

今のICT委員会は、「LT大会以外の日はLTをしてはいけない」という雰囲気が流れている... ...ような気がします。実はそんなことなくて、LT大会じゃなくてもいいし、Slackで告知しなくてもよくて、唐突に始めていいんです。たまたまその場に居合わせたら興味がない人はそのまま自分の作業を続ければいいし、興味があればその話を聞けばいいのです。そうゆう環境づくりが今のICT委員会になってもいいんじゃないかなあと思います。

初心者向け講座やワークショップも同じで、私に話を通さなくても勝手にやっちゃっていいんです。もちろん、「どこか教室を借りたい」「Slackで告知したいんだけど」みたいな相談がある場合は必ず私に話を通してほしいのですが、自分たちでできるという確信があるなら勝手にやっちゃっていいんです。もう自由にやってくれて構いません。

実際に、今何人かの12期とみずきち先輩を中心に勉強会を開いているみたいなので嬉しいです。このまま、続けていってほしいなと思います。

ICT委員会全員を巻き込んだ講座やワークショップ、ハッカソンなどを開く

これは、去年の目標に加えてハッカソンを盛り込んだやつですね。

狙い目は春合宿や夏合宿、プロコンやPCKが終わったオフシーズンかなと思っています。もし、講座やワークショップ、ハッカソンの企画をお手伝い・主催してくれる人がいたら委員長に連絡してくれると嬉しいです。一緒にやっていきましょう。

リーダー育成はしたい

... ...が!いい方法思いつきませんね、むしろ自分も育成されたい気分です。

何か良い育成の仕方があれば教えてください。

語彙力を向上する

これは私にも言えることなのですが、部員の会話を聞いていると

「これをアレするといい感じ」
「いい感じにするといいやつができる」
「これいい感じのやつなのでおすすめです」
「そり~w」
「ぽよ」

意図を伝える気持ちはあるのかな?という内容ばかりですね。確かに、「アレ」とか「いい感じ」って非常に使いやすいのはわかります。でも、最近使う頻度が異常だと思うのです。さすがに、語彙力がない私でもドン引きするレベルなので、みなさんもう少し日本語で会話することを心がけましょう。

委員長のママ化を止める

これは大事。
最近「りしのお節介が部員の幼児退行を進めているのでは」と意見をいただいたのですが... ...でも、みなさん言わないと行動しないじゃないですか。難しいですね。

とりあえず、詳しいことはこの記事を読みましょう。

10riridk0.hatenablog.jp

ICT委員会の勧誘を控えめにする

これは目標ではないような気がするのですが、一応書いておこうと思います。

今まで、新1年生を確保するためにPC設定会のときに勧誘したり、部活動紹介などでICT委員会紹介プレゼンをしていました。PC設定会で手伝ってくれるICT委員会の先輩方はすごくかっこよくみえるだろうし、ICT委員会紹介プレゼンをしている委員長が非常に可愛い上内容も面白そうにみえるでしょう。だからICT委員会に入ってくれると思うのですが、ほとんどの子たちが幽霊部員になるのです。これはなぜなのか、いろいろ考えたのですが以下の3個が大きな原因かなと思います。

  1. 純粋に面白くなかった
  2. 他に良い部活をみつけた
  3. ICT委員会に期待をしすぎた

1つ目と2つ目はどうにもなりませんが、3つ目は改善の余地がありそうです。

先ほども述べたように、PC設定会のときに勧誘したり部活動紹介などでICT委員会紹介プレゼンをしていました。部活動紹介などで使うプレゼン資料に嘘はひとつも書いていませんが、内容は期待するものばかり(受賞歴やアメリカなどに無償で行けるなど... ...)です。これに期待を寄せた子たちがICT委員会に入ってくれると思うのですが... ...いざ入ってみると、毎日出席とられるし(プロコンに連れていく1年生を選抜するための制度です)、黙々と謎の教材をさせられ、先輩方はアイデア出しとかいうことをしており全く構ってくれないし、しかも先輩方の話している内容はチンプンカンプン、しまいには「自己紹介LTしてほしいな!」と委員長に圧をかけられるわけです。私からすると圧をかけているつもりは全くなく、普通に接しているつもりです。でも、1年生からすると怖いし面倒だろうし... ...そりゃあやめたくなりますよね。

ひとまず、プレゼン内容をもう少し控えめにし、PC設定会だけで軽く勧誘するくらいにしていこうと思います。

ビジコンから手を引き始める

これも目標じゃない気がするのですが、書いておこうと思います。

ICT委員会は、プロコンやPCKに加えてビジコンにも力を入れて参加してきました。実際に私もビジコンに2度参加しており、そのおかげでプレゼンが好きになると同時に私の武器になっていますし、ビジコンに参加すること自体は悪くないことだと思います。むしろ、やりたいならやるべきです。良い経験になります。でも、今のICT委員会はビジコンに力を入れすぎて起業家をつぶす委員会になっているような気がするので控えるべきではないか... ...と思うわけです。

ビジコンに参加すると、ビジネスのことが少しわかるし、プレゼンするの上手になるし、企業の方とお話できるし... ...何より東京やアメリカに無料で行けちゃうっていうメリットがあります。控えめに言って最高なのですが、やはりデメリットもあります... ...それは オフシーズンがなくなること です。オフシーズンがなくなるので、休む日も削れますし、勉強する時間やICT委員会同士の関わり(特に下級生との関わり)が少なくなります。そうなると、技術の勉強ができないままプロコンに挑んだり、先輩から後輩への技術継承も難しくなるわけです。これが最近悪循環のようにぐるぐるぐるぐる回っているような気がしてなりません... ...気のせいでしょうか? 気のせいだったらそれはそれで構わないのですが... ... 「そんなに技術力はない」といわれるICT委員会、ビジコンに力を入れずにもっと勉強や技術継承、何より体や精神を休める期間に充ててもいいと思うのです。

厳しいことをいうかもしれませんが... ...ICT委員会はプログラミングをする部活であり起業家をつぶす部活ではありません。起業家をつぶす時間があるくらいなら、某高専や某高専をつぶす時間に費やするべきではないでしょうか。

来年の委員長

とりあえず去年の目標を振り返ってみる

プログラミングから逃げない デザインとプログラミング(主にC, C++, C#)の勉強をする 勉強とICTの両立(今はできている気がするので継続する)

副委員長歴3ヶ月ちょっとのわたしがなぜか委員長になった話【後編】 - ゆるゆる自適

C++の勉強をした記憶は全くないですが、C#の勉強はできていたのでよしとしましょう。プログラミングから逃げなかったし、開発にも携われたし、まあ勉強とICTの両立はまあまあできましたね。ただね... ...やっぱ、テスト勉強を削りながらプロコンの資料作成は心にきましたね。

去年の目標を踏まえて、来年はどうしよう

悔いのない委員長生活を送る
実はあと1年しか私は委員長じゃないんですよね。みなさん寂しいですよね、わかります。

この1年で自分ができる限りのことをして委員長を引退できるように頑張ります。でも、私だけが突っ走っても意味がないので、みなさんにもついてきてほしいですし、わがままを言うなら私のことをサポートしてほしいです。よろしくお願いします。

技術が欲しいよ
私からプレゼンをとると何も残らない状態なので、やっぱ技術が欲しい。まあ... ...去年よりはだいぶC#書けるようになりましたし、成長は感じていますがまだ足りません。

というわけで、最近配色やレイアウトなどのデザインの勉強やC#の基礎から勉強し直したりしているのですが... ...頭がシングルスレッドなせいでうまくいきません。
「ひとつのことしかできないは甘え」と言われるのですが、そんなこと言われてもできないものはできない!うるせえ!って話ですよね。

健康になりたい
今年に入って、ちょくちょく体調を崩すことが多くなりました。そのおかげでお家に強制送還されたり、カウンセリング紹介されたり(これは後日記事にまとめます)... ...とにかく様々なことがありました。来年こそは、体調を崩さず健康的な1年を送りたいです。

勉強とICT委員会の両立
これは引き続き目標として掲げたいと思います。
できれば体調崩さない程度に両立したいです。

最後に

ダラダラァと書いてきましたがようやく終わりです。

様々な目標を掲げてきましたが、何より来年も 楽しくICT委員会として活動できれば私は満足 です。そんなICT委員会になれるように、来年も楽しみデスマし青春し... ...とにかくがむしゃらに頑張りましょう!

そして良いお年を!

明日のアドベントカレンダーさん

ICT委員会のアイドルの工藤忍さんです。
/くろこじの記事を貼る/

委員長のママ化が止まらない話

※この記事はICT Advent Calendar 20171日目の記事です

実は昨日の夜にはこの記事は書き終えており、今日は投稿するだけだったのですが... ...ね... ...下書き保存ボタンを押したのにも関わらず保存されてないって... ...あのね... ...定期的に保存していたのになんで記事丸ごと削除されてるんですか... ...泣きそうです、りしです。

そういえば、今日久々に外の世界をみたのですが、ロマンティックなムードを演出するために大量のLEDが発光していましたね。LEDってある一定の方向から電流を加えることで発光する半導体の一種で、白熱電球など一般的な光源にはないような特性を持っています。例えば、長持ちするので省エネなところや熱線や紫外線をあまり発しないため大切な建造物(文化財指定のものなど)の照明などにも利用されています。また、輝度が高く点滅・調光ができ、そして防水構造が容易なところもLEDの特性であります。さらに、赤や青など様々な色の表現ができるのでこのようなロマンティックなムードを演出するのにはもってこい!... ...てなわけですね。人類は贅沢ですね、このような素晴らしい半導体をロマンティックなムードを演出するだけのために大量に使うだなんて。

今日お話しすること

今日お話しするのは「ICT部員各位、これ以上幼児退行するのはやめてくれ」という内容のお話です。心当たりがあるあなた、そしてないあなたもこの記事を読んで自分の行動を改めてください。そして私のママ化を止めてください。

事の発端

実は、委員長になってすぐママになったわけではありません。ある出来事をきっかけにじわじわママ化が進んでいきました。その出来事は、この記事に書いてありますね。

しかし、合宿に入るとなぜかわたしのママ化はどんどん進んでいった。 「も~~~!!!!!ここでドロイドくん投げない~~~~~!!!!」 「廊下はいいってもんじゃない!!!!投げるのやめなさい!!!!!」 「い~~い~~ですか~~???静かにしなさ~~~~~い~~~!!!」 「もう13:00よ~!!!!移動しなさい!!!メリハリつけなさいもう!!!」 なんやこのママ感は、わたしはいつからICT委員会のママになったの。 ママ本当にあなたたちのこと考えると虫歯が痛むわ。

委員長のママ化が進んでいる話 - ゆるゆる自適

今年の3月の春合宿からですね。
この時期、ICT委員会の活動場所にいると中学2年生のころ職場体験で訪問させていただいた保育園のことをよく思い出していました。保育園では、3歳児と5歳児のクラスを担当していたのですが、この担当していたクラスの子供たちとICT部員の行動が非常に似ているのです。

「〇〇くん!りし先生とぬいぐるみ投げないってお約束したよね?」
「みんな静かにしようね、今先生絵本読んでるからね。ちゃんと聞いてね」
「もうみんな帰る時間です!お片づけをして先生とバイバイしようね」
「早く準備しないと先生怒るよ~!早く準備しようね!」

ほら!そっくり!言ってることほとんど一緒じゃないですか!

このとき、委員長はある対策を提案していた

この状態を踏まえて、わたしは4つ対策を提案していました。

必死に考えたのでぜひ実践してほしい。 幼児退行をしない 日程などの連絡ははしっかり読む 時間をみて行動する、メリハリをつける ぬいぐるみは投げず、抱きしめる 以上だ、きっとこれでわたしのママ化はおさまるはず。

委員長のママ化が進んでいる話 - ゆるゆる自適

幼児退行をしない、正直当たり前ですね。日程などの連絡はしっかり読む、これも当たり前です。というか5歳児でもできます。時間を見て行動する。これも当たり前... ...一般常識ですね。メリハリをつける、これね... ...5歳児でもできる。ぬいぐるみは投げない、3歳児でもわかりますね。ほら、すごく当たり前のことをお願いしているのです。

まあ... ...これを実践してくれれば、私はママじゃなくなるだろうしICT部員も立派な高専生になってくれると思っていました。

委員長のママ化は止まったのか

結論から言いましょう。私のママ化は止まっていません。

「もう帰る時間ですよ~~!早く準備しなさい!」
「はい!早く帰りなさい!」
「静かにしなさい!シーッ!」
「シーッ!今LT中ですよ、静かにしなさい!」
「もう!遊ばないの!今の状況わかってるの?早くパソコンの前に戻りなさい」

変わってないじゃないですか。しいて言うならぬいぐるみを投げなくなったくらいですよ。しかも最近「バブゥ」「マッマァァァ~~~」とか言ってくる部員もちらほら見受けられるんですけど... ...わたしにバブみを感じないでください。ママじゃないとあれほど言ったでしょう?!ママ怒るわよほんとに!

委員長のママ化を止めるためにあなたがすべきこと

ママ化が進んで8か月程たち、私は新たに対策を考えました。

  1. 実の母親に会って委員長はママじゃないことを再確認する
  2. 委員長はママじゃないと言い聞かせる
  3. 自分の年齢を確認し、自分は幼児じゃないことを理解する
  4. 幼児じゃないことを理解したうえで、自分の年齢にあった行動をするように心がける
  5. 今後ともぬいぐるみは投げずに抱きしめる

すごく簡単なことですね。というか一般的な人は、これを意識せずにやっていますからね。

最後に

実は、私はあと1年委員長を務めることになっています。つまり、私をママだと思っている精神異常ICT部員があと1年できるわけですね。しかし、1年を過ぎれば新しい委員長がこの部活を引っ張っていくことになります。もし、この新しい委員長にママとして認識してしまい「ママ~」と言ってしまったらどうでしょう。正直、この時点でICT破門ですよね。

また、私に向かって「マッマァァア」「バブゥゥゥ」と言っている姿を企業の方やICTではない先輩、同級生... ...もしくは新しく入ってくるであろう1年生に見られたらどうでしょう。あなたの人生は終わってしまいますね。私をママだと思っているばかりにあなたの人生はお先真っ暗になってしまうかもしれないのです。怖いですね。

高専にいるこの時期は、とても大切です。そんな大切な時期なのに私をママ~ママ~と言って甘えて自立できなかったら将来どうするのですか。私、本当はあなたのママじゃないので責任を取ることなんてできませんよ。あなたが責任を取るのですよ。わかりますか、それくらい重大なんですよ。... ...結構誇張表現が入っているような気もしますけど、まあ半分くらいは正解ですよね。

この記事を読んだあなたが、来年こそはママから自立し立派な高専生になっていることを祈っています。

明日のアドベントカレンダーの担当

ICT委員会の意識Low Guyことコーヤ先輩です。

roadagain.hatenablog.com

ぷろこんたーのしー!【後編】

プロコン終わって数週間経ちましたね。見事燃え尽き症候群になってしまいました、りしです。

今回はぷろこんたーのしー!後編です。
前編はダイジェストですよ。6000文字以上書いた(中身ない)。

10riridk0.hatenablog.jp

ぷろこんたーのしー!... ...の後編ということで、個人的なプロコンの反省を書き綴りたいと思います。

良かったこと

とにかく頑張った
語彙力ない見出しだと思われるかもしれませんけど、これは事実で。とにかく頑張りました。

初めてのプロコンのリーダーで、やることはすべてはじめてなものばかりでした。

例えば企画書。
去年はみずきち先輩から投げられるタスクをこなす、といった感じで頭を使わなくてもどうにかなるものばかりでした。しかし、今回は私がリーダーかつメンバーは同級生と1年生。私が頭を使わないとチームは名前通り回らなくなってしまいます(補足:チーム名は「回らない寿司屋」)。そのため、私はない頭をフル稼働させながらタスクを割り振ったり、自分のタスクをこなしたり、時にはメンバーの尻を叩き「進捗を出せ!」と言わなければならないわけです。

他にもはじめてなことはたくさんあります。開発主要メンバーっぽいところでゴリゴリコード書く、パンフレット原稿やポスターなどの資料作成、あとはプロコンのプレゼンなどなど。とにかくすべてがはじめてでした。

「はじめてだからできない」など言えるようなそんな甘ったるい世界ではありません。はじめてでもがむしゃらに、とにかく頑張らないといけないわけです。だから、私はすごく頑張りました。周りからはそうは見えない、と思われていたとしても私の中では100%以上の力で頑張ったつもりです。

頑張りました、頑張りました... ...ってどんだけ語彙力ないんだ!と思われてそうなのですが、本気で頑張ったんです。頑張ったって言葉しか思いつかないくらい頑張ったんです。

そのおかげか、ちょっとだけリーダーとして成長できたような気がします。

与えられたタスクはすべてこなした
与えられたタスクをこなすのは当たり前という言葉はなしでお願いします

私には様々なタスクがありました。開発と資料作成、あとプレゼンですね(量の多さは前編参照)。

一部のタスクはるいこにお願いはしたものの、それ以外は自分の力(+教授と先輩の力)でどうにかすることができたのでよかったと思います。まあね... ...少し遅れはありましたが、1週間遅れは許してほしいものです... ...来年のプロコンでは、期日内で終わらせることを目標にタスクをこなしていきます。

開発に携わることができたこと
実は去年の私は、こんなことを言っていました。

来年こそは開発軍になりたい。(http://10riridk0.hatenablog.jp/entry/2016/10/15/215058)

この夢がかないました。1か月くらいしか開発することはできませんでしたが、貢献できたかなと勝手に思っています。去年は、C#くそざこなめくじすぎて、自分のコードは気づいたら闇に葬り去られており、最終的には先輩のコードしかない状態にありました。しかし、今回は違います。確かにクソコードではありますが、自分が書いたところがちゃんと動いているのをこの目で見ました。あんなにうれしいことはありません。

来年は、もう少し良いコード書くことができるタイプの人になりたいと思います。

チームの1年生と仲良くなれた
最初はチームメンバー全員コミュ障すぎて、1年生であるまいたけくんに話しかけることができませんでした。しかし、つみきを一緒に塗ったりご飯を一緒に食べるようになってからは、だんだんチームメンバーも心を開くようになり、プロコン派遣中は一緒に楽しくデスマをする仲になりました。

来年は、開発に少し触れさせてあげるような機会を持てればいいなと思いますし、コミュ障を直したいです。

悪かったこと

リーダーとして引っ張る力が足りなかった
「ピュアの極み乙女、」のときもリーダーを務めていたのですが、このときは引っ張る力がなくてもどうにかなっていました。でも、今回は違いました。メンバーを引っ張っていき、時には尻を叩くような力が必要でした。... ...しかし私にはその力はなく、仕様確定が遅くなっても、メンバーの進捗が一日しくないから尻を叩くということも、引っ張っていくこともできませんでした。

私は引っ張る力などがなく、リーダーに向いているタイプではありません。どちらかというと、リーダーの補佐的な役割のほうが私には合っています。しかし、リーダー人材はICT委員会に少ないもので、気づいたら委員長に就任していましたし、今回はプロコンのチームリーダーという役割を担っていました。

だから、今後のためにも「引っ張る力がない」という欠点を直さなければなりません。この欠点を直すためにやることは、

  • リーダーという自覚を持つ
  • 決断力を身につける
  • 行動力を身につける
  • リーダーだからといって上から目線にならない
  • 目標を明確にする(方向性を示す)

などでしょうか... ...?

上から目線にならない、などは意識すれば問題ない気がするのですが、決断力や行動力を身につけるのは非常に難しいと思うので、今後しっかり頑張っていきたいと思います。

口が悪くなったこと
システムが完成しない、間に合わないんじゃないか... ...?という雰囲気になっていたころ、私のヤンキー化が進んでしまいました。何かと暴言を吐いては、「もうプロコン出るだけで十分では」「企業賞でいいじゃん、もうだめだって!」とネガティブな発言をするひどいリーダーだったなあと反省しています。

それでも、うちのチームは希望を捨てず「賞とれるといいなあ」「大丈夫!完成させるから」と返事をしてくれるのです。なんていい子たちなんだ... ...本当にみなさん、最後まで私の言葉で萎えずに開発をしてくれてありがとうございました。

女の子を泣かしてしまうくらい小さいころから口が悪く、中学生のときから制御していたのですが、様々な疲労により口の悪さが爆発してしまったようで本当に申し訳なかったと思っています。今後は、また口の悪さを封印して優しいりしに戻っていきたいと思います。

プレゼン当日に泣いてしまったこと
この件に関しては悪いのかどうかわからないのですが、一応書いておこうと思います。

システムが動いていなくてショックを受けた、ということももちろん泣いた理由のひとつではあるのですが、一番の理由は自信がなくなったことだと思います。今までこのチームで頑張ってきたことがすべて嘘だったんじゃないか、実は頑張れていなかったんじゃないか、と一気に自信がなくなってしまったのです。しかも、チームメンバーに対する信頼も一気にそこでなくしてしまいました(みんなメンゴ... ...今は信頼しているので許して)。それであの号泣っぷりです。どんだけ自信なくなったんだテメエってレベルで泣いていましたね... ...。

もし、あのとき9期の先輩方が励ましてくれなかったらプレゼンできなかったと思いますし、何より自信を取り戻せなかったと思います。本当にお世話になりました、ありがとうございます。

個人的に良いプレゼンができなかったこと
みなさん褒めてくれましたし、M教授が「今までのプロコンのプレゼンで一番良かった」と言ってくれました。正直いうと、私もあの短時間の練習であのレベルのプレゼンができたことはすごいと思いますし、(他高専のプレゼンは見ていませんが)どの高専よりも良かったんじゃないかと勝手に決めつけています。でも、個人的にはやはり良いプレゼンだったとはいえません。

プレゼンめっちゃ噛むし、HDMIVHDLを間違えるというミスをしたというのも理由のひとつなのですが、一番は前を見てしゃべることができなかったことです。今回は、練習時間が短いということでプレゼン資料に大量に文章を書き込み、もし発表原稿を忘れてしまってもプレゼン資料を読めばどうにかなるようにしていました。それがだめだったのですね... ...私はその書き込まれている文章に甘えてしまい、ほとんどプレゼン資料を読んでしまったのです。今まで、プレゼン資料には必要最低限のものしか書かず、文章を書きこむのは不安な部分だけだったのに、今回はすべてのスライドに文章を書き込み、それを読んでしまった... ...それがショックでたまりませんでした。

「今までプレゼンめっちゃやってるじゃん!何言ってんだおまえ!」と言われるかもしれませんが、私は人前に立つのが小さいころからあまり好きではありませんでした。人前に立つのはとてもドキドキして心臓が痛いし、緊張で腹痛や吐き気に見舞われてしまうからです。でも、人前で何かを発表する機会が増えるようになると「練習して自信がつけば、心臓が痛くならないしおなかも痛くならない」ということに気づきました。だから、私は人一倍練習するようになり、今となっては部内LTとかクラスで発表するレベルなら練習なしでもどうにかできるようになりました。

今回のプレゼンは、私にとって部内LTやクラスで発表するレベルのものではありません。それ以上のものです。だから、絶対に心臓痛いだろうし腹痛や吐き気がくることはわかっていました。だから、納得いくまで練習がしたかった... ...だけどそんな時間はなく、1日クオリティでプレゼンに挑みました。それでも、大きなミスをすることもなくプレゼンを終えることができましたが、納得いくプレゼンではありませんでした。

このことを踏まえて言えることはただひとつ!「納得いくプレゼンをしたいならタスクをもっと早めに終わらせろ!システムを早く完成させろ!余裕をもって練習をしろ!」です。

これは蛇足なのですがね... ...私はいまだに「ピュアの極み乙女、」のしゅうがくりょーこんのプレゼンを超える完成度に出会えていません。

最後に

長いプロコン期間が終わったので、やっとオフシーズンに入ります。今は、燃え尽き症候群になっている上高専祭などの準備で全くパソコンに触っていないのですが、いろいろひと段落したら精進期間としてつみきっずの開発を再開したり、C#勉強し直したり何か作れればいいなと思います。

このプロコン期間で一緒に頑張ってきた回らない寿司屋のみなさん、めっちゃ尻を叩いてくれたM教授、アドバイスや添削をしてくれたやがみあん先輩やみずきち先輩、Unityでわからないところがあったら助けてくれた某強い先輩、そして会場まで駆けつけてくれた某社の某さんとか、あと泣いてしまったときに松岡修造並みに励ましてくれた9期の先輩方、その他応援してくれた皆様、本当にありがとうございました。

全然関係ないけど久々に文章書いたら、しんどくて泣きそう

ぷろこんたーのしー!【前編】

どうも、先ほど半目で寝ていたという情報を得たりしです。半目で寝る、というのは見栄えが悪いのは事実ですが瞼の筋肉がまだ若いという証拠らしいので誇らしい気持ちになっています。

今回はですね、プロコンダイジェストです。特に反省もすることなく、私がやってきたことや心境をひたすら書き綴っていきます。後編は反省などなどを書くので、内容的にそっちのほうが大事なのですが、プロコンの状況や私の心境を文字に起こしておこうかなと思いましてね... ...数年後読んだたら恥ずかしさで死ぬ!みたいな内容になりそうです。

目次はこんな感じ。
大事なことは最後に書いてありますので、最後だけ読んでって感じです。

1月 回らない寿司屋爆誕

ここでイカれたメンバーを紹介するぜ!

謎言語を話し始める男!きしもん!
顔がウェイ心もウェイのりんぱんまん!
起こしても目覚めない眠り姫のるいこ!
そして喋るとヤンキーになるリーダーの俺だ!

こうみると割と濃ゆいメンバーが集まっていますね。
この4人(+新メンバーが後々現れますが)で「回らない寿司屋」という名前で活動していくことになるわけなんですよね。

2月~3月 音楽性の違いでメンバー3人が活動休止

回らない寿司屋の私、るいこ、りんぱんまんはこの時点で
別のチームに所属している身でもありました。

そのため、寿司屋の活動をする時間がなく泣く泣くきしもんを置いて活動を休止するような形になったわけです。

活動を休止している間、きしもんはひとりでアイデア出しなどに励んでいました。泣けますね。友情を感じます。

4月 活動再開と終わらないアイデアだし

長い活動休止を経て、見事4人で活動を再開したのは4月。
プロコン企画書提出がだんだん近づいてくる時期ですね。

私たちはない頭を絞り、毎日毎日アイデア出しをしていましたが、 リーダーである私が口だけヤンキーのせいで毎日喧嘩をしているような雰囲気がありました。

まあ、この月はアイデアも出ず終わっていきました。
今思えば、るいこが出した案を速攻折る・捨てるといったことをせず、良いところを見つけたり深めていけば良かったと思います。

5月 新メンバーの加入と企画書提出

こんなヤバイ雰囲気な中、寿司屋に新たなメンバーが加わりました。
1年生のまいたけくんです。

まいたけくんは、非常にいい子な上私の地元の同級生にそっくりという理由で加入してもらった子でした(他にも理由はありますよ)。

イデアは固まらず気づけばGWは終わり、まいたけくんを完全放置してしまい人生終わった解散ですわ... ...という気持ちになり始めたころM教授の助言が舞い降りました。「つみきを使ってプログラミングってどうかな」的な内容だった気がします。

その助言が後々「つみきっず」というプロダクトとなりました。
私たちは爆速で企画書を書き、どうにか提出日前日に完成させることができました。控えめに言って死ぬと思いました。

6月~7月 決まらない仕様、絶望の開発

魔のテストも終わり、もう開発をするぜ!という状態になりました。
しかし、問題がありました。それは仕様が決まらないこと。

毎日「見た目はどうする?」「使うソフトはどれ?」という話ばかり。
それが7月まで続きました。

仕様確定したのは7月の後半、期末テストの前のことでした。
教授が尻を叩かなかったら、8月が過ぎても使用は確定せず開発期間がもっと短くなっていたかもしれません。そう思うと寒気がします。もし、私がもう少ししっかりしていてメンバーの尻を叩き「仕様確定するぞゴルァゴルァ!!」「教授に相談するぞオルァウラァ!!」とやっていたら、早い段階で仕様が確定していたのかと思うと非常に悲しいです。

8月~9月中旬 開発

期末テストが終わり、寮の清掃後熱中症でぶっ倒れお家に緊急搬送された8月。そんな私はUnityで開発をすることになりました。
私が主に担当したのは、

  • エフェクトを指定座標に出す・色をランダムに変えるなど
  • シーン遷移・フェードイン/アウト
  • BGMのフェードイン/アウト
  • 効果音を簡単に指定できる何か

でした。
Unity未経験かつ開発1年ぶりみたいな私にとって、非常に辛いこともありましたがなんやかんやで楽しかったですね。あのコードはもう人には見せられないレベルなのは確かなのですが、それでも初めて開発の中心にいたような気がして内心とても嬉しかったんです。また、開発をするうえでOBのパイセンにお世話になったり、泣きながらりんぱんまんにSlackを投げたりしました。みなさん... ...私みたいなくそざこなめくじにお付き合いいただきありがとうございました。おかげでどうにか自分のタスクを期限内(誤差1週間)に終わらせることができました。

ああ、開発つらいけどずっとコード書いていたい、と思った矢先、私はある現実を突きつけられます。

  • プロコンパンフレット掲載用の原稿の作成
  • マニュアルの作成
  • ポスターの作成
  • デモ中に配るパンフレットの作成
  • プレゼン

そう、プロコンに必要な資料たちとプレゼンです。
私は資料作成とプレゼンをすべて引き受けることになりました。
ここからは私の戦いと闇の始まりです。

9月中旬~プロコン旅立ち前夜祭

私は毎日WordとPowerPointを行き来する日々を送っていました。

たまにM教授の添削をしてもらっては直し、教授が添削できなさそうなら自己添削してどうにかし、心配してくれた先輩がアドバイスや添削をしてくれたり... ...とにかく毎日何らかの文章を書いては頭を抱え添削をしていました。その間、チームメンバーはほったらかし。たまに進捗確認したと思えば口悪さ全開でメンバーに指示を出すというクソリーダーをやっていました。

プロコンパンフレット掲載用の原稿は気合いと教授の力で提出、マニュアルはどうにか提出、ポスターほぼ完成は10月2日、パンフレットやポスター微調整などはタスクがすべて終わったるいこにやってもらうことになり、私がプレゼンに手を付け始めたのは10月1日の夜のことでした。

ストーリーとパワポを同時に作りつつ、たまにポスターやパンフレットを手伝う日々が続きました。そして山口に旅立つ前日、完成していないシステムとプレゼンを目の前にひとりで絶望していました。

いやあね、ポスター作るのがへたくそすぎて半端ない時間を費やしてしまいました。早めに先輩に頼るべきだったと思いますし、もう少しデザイン力や書くべきことを列挙する力が欲しいと思いました。

良いこのみんなはポスターに2週間以上費やしたらだめだぞ!りしお姉さんとの約束だ!

プロコン派遣1日目 中華料理と終わらないプレゼン

気づいたら中華料理店でごはんを食べていました。
私が食べたのはカニがのってるチャーハァンだったんですが、これが美味しい。私の近くに座っている人に「美味しいぞこれ」みたいな顔を見せつけながら食べていました。いやまじ美味しいんですよ。

ご飯を食べて「もうプロコンも終わりか~楽しかったなあ」と思っていたころ、私は現実に引き戻されます。実は、プロコンは終わってもいないし始まってもいなかったのです。しかも、私はプレゼンのストーリーもパワポも完成させていないのです。冷や汗をかきました。

ホテルに戻り、私は引率教員おふたりさんやるいことともにプレゼン大添削会をはじめました。ストーリーが完成したのは23:55。5分後には本番当日になってしまう、そう思うと笑うしかありませんでした。

プロコン派遣2日目 ショックのあまり5歳児になる

朝起きて最初にやったのはパワポ修正でした。この修正が非常にやりづらく、私は泣きながら作業をしていました。この修正が終わったのは9:30ごろ。正直、ピクセル職人をしたいしグラフももう少し綺麗にしたい。しかし、これ以上こだわり続けると練習時間がないことに気づき、私はあきらめパソコンを閉じ会場に向かう準備をすることにしました。時計をみてみると、プロコン会場でデモをし始めている時間でした。控えめに言って絶望。もうだめだと本気で思いました。

絶望した気持ちを抑えつつ、私は慣れないスーツを着て会場に向かいました。会場につき、回らない寿司屋のメンバーに会うべくデモ会場に向かうと、動いていないシステムが視界に入りました。それでも頑張って動かそうとするきしもんやパンフレットを配るほかのメンバーをみていると非常に心苦しくなりました。それと同時にプレゼンへの自信を完全に失いました。私は荒い口調でメンバーに指示を出しプレゼン練習場所を探しました。いい感じのソファを見つけてイェイェ~~!!となっていると9期のパイセン3人が姿を現しました(実はこれは嘘で、一緒にデモ会場でうちのシステムをみていました)。もうテンションバリマックスになるべきところなのでしょうが、私はそれどころではなく緊張による腹痛と吐き気、そしてシステムが動いていないショックで死んでいました。

プレゼン練習をやろうと思ったのですが、完全に自信を失った上今までのことが一気に思い出されてしまって涙が出てきました。もう号泣です。周りにいたM教授やずっきー先生、9期の先輩が混乱し始めました。それはそうです、18歳の女の子が唐突に泣き始めるのですもの。

「何か食べる?何か買ってこようか?」
「ゼリーだったら食べれる?」
ティッシュもらう?」
「アァアァ泣かないで」

21歳3人が18歳の女の子をひたすら慰めている謎の空間。はっきり言って異様でした。それでも私は涙が止まりません。心が5歳児以下になっているので何をやっても泣いてしまいます。

泣き止みそうになった瞬間、某社の某氏が現れました。それをみてまた泣きました。それくらい私は精神がやられていました。

9期のパイセンたちが買ってきてくれたゼリーを飲みながら「自信をもって!」「りしならいけるぞ!」と応援されているうちに、やっと泣き止みどうにかプレゼン練習ができるレベルになりました。それでも、胃酸が胃を溶かすような痛さは消えません。「おなかいたい!」「絶対胃溶けてるって!」と言いながら、18歳のスーツを着ている女の子が裸足で駆け抜けていくのははっきり言って異常です。しかし、このくらいしないと気持ちが落ち着かない上胃が痛いのです。許して。

プロコン派遣2日目 5歳児泣き止み、本番に挑む

ついに本番10分前です。もう悟りを開き始めていました。

会場に入り、接続確認をします。大丈夫そうですね、席に戻って練習するかと思った矢先、会場のおじさんが

「や、沖縄高専さん最初にプレゼンするのでそのまま接続しておいてください。」

死んだ。控えめに言って死んだ。
巻き爪のせいでヒールは痛いし最後の確認もできない。ここは地獄である。私はこのおじさんに小指をたんすにぶつける呪いをかけた。

数分後、いよいよプレゼンです。
M教授に「グッ」とサインを出された気がしたので頑張るぞい!のポーズをしました。緊張はしていましたが、さっきまでの胃の痛さはなく割と落ち着いていました。

「それでは沖縄高専、つみきっずの発表を始めさせていただきます。」

言えた!いけるぞ!
と思った矢先に噛みまくったり、内容ぶっ飛んだり、HDMIというべき場所をVHDLと言ったり大変なことになっていましたがどうにかやり過ごしました。プレゼン後、なぜか会場の重々しさは消えとても柔らかい雰囲気に包まれていました。そのおかげか質問も優しく、私のプレゼンは終わりました。

マイクを持ちながらみんなのところへ向かってしまい、次の高専が混乱していたのは本当に申し訳ないと思っています。許して。

みんなのもとに戻ると、「頑張ったね!」「よかったよ!」「VHDLって言語だよね??」といろいろ言われました。そしてるいこは泣いていました。

プロコン派遣3日目 デスマと絶望、そしてデモ

デスマをしていたはずが起きると朝5時。きしもんはデスマをしていましたが、それ以外は全滅していました。システムは完全に動く保証がない状態にあり、メンバーの頭には「絶望」という言葉がよぎります。それでも、かすかな希望を胸に会場に向かいました。

デモの時間ギリギリでどうにかシステムが動くようになりました。あとは、私とりんぱんまんがごまかし力をとコミュ力をいかに発揮するかにかかっています。緊張で胃が痛みつつ、マニュアルから審査がスタートしました。私が思考を停止してしまうと、りんぱんまんはすかさずサポートしてくれたり、技術の話を振られると私がきしもんにバトンタッチしたりするなど、協力プレイでマニュアルとデモをすべて乗り切りました。正直、あのときのチームワークは最強だったのではないかと思います。

すべてのデモが終わると、企業の方がたくさん来てくださいました。
いやあ、「良いシステムだね」「デザインがかわいい」「プレゼン良かったよ」と言われるたびにやけが止まりませんでした。

プロコン派遣3日目 結果発表ってマジ眠い

片付けも終わり、閉会式へ向かいます。
閉会式の前にお手洗いに行こうとそこら辺を徘徊していると見事に迷いました。つらかったですね... ...。

閉会式、正直眠いですよね。企業賞を取る気満々だった私は、瞼を閉じていました。競技部門、課題部門... ...アースゴイナーウンウンソレモプロコンダネと思いながら、夢の中へ落ちていきます。自由部門... ...ウンウンソレモプロコンダネと思った瞬間のことでした。

「17番 沖縄高専

と呼ばれた気がしたのです。目を開けると、回らない寿司屋一同17番という概念がわかっていない上、自分の高専の名前を忘れたような顔をしています。周りを見回すと「いや、おまえらだろ」みたいな顔がみえたので、私は17番 沖縄高専ということを認識することができました。

それでも半信半疑で舞台に向かいます。チラッと沖縄高専のもうひとつのチーム「サーモン焼いたら鮭」のメンバーを見つけました。みんな「おめでとう」みたいな顔をしており、「これ受賞してるのでは?」と思いながら舞台に上がりました。正直、目の前にいる高専JKをみてテンションが上がっており授賞中の記憶があまりありません。

受賞後、らてぷろに一瞬会ったりカラオケ行ったりしてすごく楽しかったです。

プロコン派遣4日目は割愛するぜ!というわけでダイジェストまとめ

今までごちゃごちゃ書いてきましたが、簡単にまとめてしまおうと思います。

今回のプロコンは私にとって非常につらいものでした。リーダーとしてメンバーをまとめないといけない、しかも委員長だからICT委員会全体もまとめないといけない。でも、メンバーを引っ張ることができない、口調が荒くなるだけ。開発もよくわからないし、資料作成しないといけないから開発から離脱しないといけない。しかも、プロコンのプレゼン初めてすぎて何から書けばいいか全くわからない... ...とにかくつらいことばかりでした。

でも、楽しいことだっていっぱいありました。同級生が多いチームだからか、すごく居心地が良くチームの雰囲気が良かったし、開発するときも気軽にメンバーに実装方法聞くことができたし一緒に悩むこともできました。資料作成やプレゼンもしんどいことばかりだったけど、完成したものをみると達成感があり、少しだけにやけてしまうほどうれしかったのです。

一言でまとめてしまえば「最高につらい、けど最高に楽しいプロコンだった」といえるのではないでしょうか。

次回予告

次回はプロコン大反省会の記事です。お楽しみに。

10riridk0.hatenablog.jp

委員長のママ化が進んでいる話

こんばんは。

左下の虫歯の痛みと毎日のように戦い、負けているりしです。

 

最近、歯医者さんに「梅系のお菓子と炭酸は控えろ」と怒られてしまい、梅全般とドクターペッパーを母から禁止されています。禁断症状が出そうです。

 

そして、来週の金曜日、わたしは(きっと)銀歯デビューと神経抜く儀式を行います。

 

ICT委員会の合宿が終わった

委員長になって初めての合宿、

様々なことがあったが大きな事故もなくまあまあ... ...無事に終えることができた。

 

反省すべき点も多くあり、それは副委員長であるmitoとお話しした。

この反省点を次に生かしてまた頑張りたい。

 

まあ、それは置いといて。

わたしは今回書くのは、

 

委員長であるわたしのママ化

 

である。ちなみにmito副委員長のパパ化も若干進んでるよ。

 

合宿中は特にママ化が進んだ

合宿前はそうでもなかった。というか、どちらかというとわたしは子供側に近い存在だった。しかし、合宿に入るとなぜかわたしのママ化はどんどん進んでいった。

 

「も~~~!!!!!ここでドロイドくん投げない~~~~~!!!!」

「廊下はいいってもんじゃない!!!!投げるのやめなさい!!!!!」

「い~~い~~ですか~~???静かにしなさ~~~~~い~~~!!!」

「もう13:00よ~!!!!移動しなさい!!!メリハリつけなさいもう!!!」

 

なんやこのママ感は、わたしはいつからICT委員会のママになったの。

ママ本当にあなたたちのこと考えると虫歯が痛むわ。

 

委員長やリーダーはあなたのママじゃない

わたし以外にもママ化が進んでいる人はいる。

 

でも、わたしたちはあなたのママではない。わたしは、あなたが所属している部活の委員長だったり同級生であったり、後輩であったり... ...あとは先輩であったりするわけで、あなたのママではない。あなたを産んだ記憶は一切ない。

 

これはしっかり念頭に置こう。

もう1回言おう、あなたのママではない。

 

ママ化を防ぐためにあなたがすべきこと

必死に考えたのでぜひ実践してほしい。

  1. 幼児退行をしない
  2. 日程などの連絡ははしっかり読む
  3. 時間をみて行動する、メリハリをつける
  4. ぬいぐるみは投げず、抱きしめる

以上だ、きっとこれでわたしのママ化はおさまるはず。

 

おわりに

ええ、ネタのようでネタではないこの記事。

委員長はママではないと再認識し、新学期は立派な高専生になっていることを祈っています。

ピュアの極み乙女、がまた東京に飛んだ話

トルコののび~るアイス、ドンドゥルマを空港で食べました。

完全にぼけておりますがマンゴー味です。

 

このアイス、すごく粘りが強くてひっくり返してもコーンから落ちないんですね。これをいいことに、トルコ人っぽい店員さんが「うぇ~いw」って言いながらくるくる回したりひっくり返したりしてわたしをもてあそぶんですよ。とても最高。

 

それで、アイスを渡されるときに「うまいね」と言われたのですが、何がうまかったのか全く分かりませんでした。りしでした。

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ピュアの極み乙女、はとんでもない泥棒であった

覚えているだろうか、16歳女子高専生「ピュアの極み乙女、」。

そんな乙女たちは昨年、とんでもないものを盗んでいった。

総務大臣賞とおじさまの心である。

 

ここに記事があるだろう、とても若さがある文章だ。

この可愛さと若さでおじさまの心はわたしたちの虜である。

10riridk0.hatenablog.jp

 

あれから1年、乙女たちは17際になった。そして、またこの場に戻ってきた。

また、おすしを食べ、誰かの心を盗むためにICTビジネスモデル発見&発表会という場に姿を現したのである。

 

なぜまたプレゼンをするのか

「グランプリをとった次のICTビジネスモデル発見&発表会でプレゼンをする」

これは、受賞した時点で確定していた。ピュアは実質グランプリをとったようなものだったので、発表しなければならない。

 

そのことを完全に思い出した2016年12月、沖縄で開催されたビジネスコンテストの日である。実はこの日、ピュアのメンバーであるるいこは、すでに別のチーム「ちーむそばちゃ」で見事ICTビジネスモデル発見&発表会挑戦権を勝ち取り、わたしは「ちーむまぐろ」で起業家甲子園挑戦権を勝ち取っていた。しかも、まなうぇいはカナダへ留学。

 

おわかりいただけただろうか。

わたしたちはとんでもない状態の中、プレゼンをすることになってしまっていた。

 

1月

ようやく重い腰をあげ、わたしはプレゼンストーリーを練り始めていた。しかし、るいこはちーむそばちゃのことがありまなうぇいはカナダである。おわかりいただけただろうか、ピュアで動けるのはわたしだけである。

 

わたしはただひとり、起業家甲子園やイマジンカップ、そしてなぜか突然生えてきたシリコンバレー起業家育成プログラム、そして学校のお勉強・課題を抱えながらストーリーを作り始めた。

 

「なんかりし、割と仕事あるようにみえるやばない?」

 

と思った方、優しい心の持ち主だ。

確かに余裕がない日も多く存在したが、わたしの心は海のように広く、そしてメンタルはシリコン素材なのでいくら曲がっても折れることはなくしなっていく。そのため、特に病むこともなく「うへへ~しんどいしんどい~」と、水素のように軽いしんどいを連発していた。

 

ストーリーは少し前からM教授と話しており、大体の流れはM教授案を採用し進めた。あとは細かいセリフだけだぜ!余裕余裕と思っていたが、全く余裕ではなくむしろ詰まっていた。たまにM教授に泣きつきながら、頑張ってストーリーを練った。

 

また、カナダに留学中のまなうぇいは動画出演をすることになった。大まかな台本を書いてもらい、たくさん素材を撮ってもらった。元気なまなうぇいがみれて安心するとともに、わたしのタスクに「まなうぇいの動画を編集」が追加された。

 

2月

テストも近づき、ピュアの活動もお休みモードになったころである。

 

ストーリーもだいぶ確定しており、あとは練習してその都度直していくような状態になった。しかし、起業家甲子園やシリコンバレーなど、まだ行っていないやっていないうふふみたいなスライドは、まだ作ることができず直前に一気にやることになった。

 

そして地獄のテストも終わり、るいこのきゃわいい♡写真もスライドに追加しいい感じにしたころ、りしはシリコンバレーへ飛んだ。

 

3月

シリコンバレーのストーリーが迷走しまくっていたが、まなうぇいの動画も作り終え、りしは起業家甲子園へ。そして、さくらインターネット賞を受賞し帰ってきた。やっと、ピュアのプレゼンにやっと集中できるようになった。

 

M教授のマサカリを受け、パワポ・ストーリーを作り直し、ほぼ完成。あとは練習あるのみ... ...しかし、時というものは残酷で完成した時点で3月10日、本番まで残り4日であった。

 

3月12日

ちーむそばちゃとともに東京に飛んだ。

 

この日はスポンサー様社でプレゼンの練習をさせていただいた。

なぜかここで「りしP(りしプロデューサー)」というあだ名をもらった。

ちーむそばちゃのプレゼンはとても沖縄感が出ていて、3人とも良いキャラでとてもみていて楽しいものだった。

 

ここで数時間プレゼン練習をし、ピュアのプレゼンも割と完成しつつあった。

ちなみに、ハイライトはこちら。

 

3月13日

リハーサルの日がやってきた。

なぜか、わたしだけ出席をとられずリハーサルの存在を忘れられてしまい心がしんどかった。

 

3月14日

本番当日の朝

わたしはちーむそばちゃプレゼンのときにカチャーシーを踊るフレンズだったので、朝から張り切ってこのTシャツ短パンで会場に向かった。

 今回も、他の登壇者のプレゼンは聞かず会場の外でるいこと一緒に練習をしていた。るいこはちーむそばちゃ、わたしはピュアのプレゼンをひたすらに。

 

わたしの服装の季節感が違いすぎて、お偉いおじさまに「君だけ服装沖縄っぽいね」と言われ、インタビューのお兄さんには「登壇者ですか」と恐る恐る聞かれる始末。そんなこんなで、ちーむそばちゃの番がやってきた。

 

ちーむそばちゃ

最初の茶番もいい感じ、もう完璧だ。そう思った瞬間、動画が動かない。会場が一気に静まり、冷えたように感じた。わたしの猫背だった背中はピンと伸び、手には冷汗がにじみ始めた。でも、るいこは冷静にプレゼンを進め始めた... ...というところで、司会の声が響く。

 

「今のはリハーサルということで」

 

どう考えても神である。

茶番軍はもう1度着替え、舞台裏の人々はまた準備をし始めた。準備ができたあと、ちーむそばちゃはまたプレゼンをし始めた。

 

ええ、あのプレゼンは素晴らしかった。その言葉に尽きる。正直、ちーむそばちゃしかみてないけど、ちーむそばちゃが一番すごかった。絶対そう。

 

きっと、このことに関してはちーむそばちゃがまたブログを書くことを期待してこのくらいにしておこうと思う。

 

ピュアの極み乙女、

ぶっつけ本番なのでプレゼンカチカチの使い方もよくわからず登壇。るいこと目を合わせ、プレゼンカチカチのボタンを押した。

 

まじで呪われているのではないかと思うほど、パワポは思った通りに動かない。動画流れないし(流れた気もするよ!覚えてないよ!)おすしスライドもうどんスライドも出てこないしどうゆうことだってばよみたいなトラブルにあった。ほら、プレゼンカチカチの使い方わからないまま登壇したからこんなことになってしまった。司会者も「リハーサルでできないことは本番でもできない」って言ってたじゃない、わたしそもそもリハーサルしてないけど。

 

そのあとは、わたしもプレゼンカチカチに慣れたのかすんなりプレゼンを進めることができた。るいこが忘れてもわたしがフォローできるくらいには余裕があった。

 

しかし!わたしは大失態を犯す!

動画で説明するシーンでろれつが回らなくなり、説明が間に合わなかったのだ。自分でもやっちまったと思ったが、ここでめげないのがりしである。

 

「うわああすみません!もう1度やり直させてください」

 

やり直しを提案した、これしか方法が思いつかなかった。このとき、沖縄高専組が座っているところ見れなかった、怖かった。でも、顔は笑顔のまま、声のトーンはいつも通り明るいまま、わたしは説明し始めた。

 

どうにか、終わった。

トラブルにたくさんあったがどうにか全部回避できた。臨機応変に対応できたことに成長を少し感じた。

 

でも、やはりわたしの心に残るのは説明をやり直したこと。

あれも臨機応変な対応だととらえるのか、それとも失敗だととらえるのか。少なくとも、あの説明をやり直したことできっと何人かは「失敗だ」と思ったんじゃないかな。

 

まあまあ!失敗した部分もあったけど、全体的にね、成功だよ。

拍手をしてくれた会場の皆様、ありがとうございました。

 

ここでハイライトをご覧ください。

 

 

ついでにピュアの悲劇もご覧ください。

 

 

3月15日

ええ、ハイライトをご覧ください。

 

 

こうしてピュアの極み乙女、&ちーむそばちゃ in 東京は幕を閉じた。

 

今回プレゼンして思ったこと

練習をあまりしないで挑んだのが表に出た。もしかして、もっと練習していれば動画に合わせて説明するところも失敗しなくてすんだのか、と思ったりとか。でも、心と時間と体力に余裕ができたのが大会4日前なのでね、仕方がない。

 

逆にちょっと視点を変えると、あの余裕のなさでよくぞあのプレゼンができたよなあという感じもする。余裕がないのにプレゼンが成功したのは、「ピュアならいける」という謎の自信とるいこを信頼していたからだと思う。

 

るいこを信頼していたから、自分のプレゼンに集中できたし余裕があった。だから、臨機応変に対応できた。何より、信頼していたから謎の自信が生まれていたのではないかな。

 

さいごに

毎週のように東京に飛ぶ生活が終わり、やっとわたしの春休みが1週間やってきた。このことを母に言ったら「社畜っぽい」って言われたのでわたしは社畜なのかもしれません。

 

そういえば最近、わたしの体が引きこもり時代の自分を思い出し始めたらしく、コミュ障と引きこもりが悪化しました。その上思考も完全にそのころと同様、ネガティブな感じになりつつあります。なんということでしょう。

 

まあね、来年度はもっと地味に生きたいなあと思いつつ、また頑張ろうと思います。