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ゆるゆる自適

JKとして歩む日々

ピュアの極み乙女、がまた東京に飛んだ話

トルコののび~るアイス、ドンドゥルマを空港で食べました。

完全にぼけておりますがマンゴー味です。

 

このアイス、すごく粘りが強くてひっくり返してもコーンから落ちないんですね。これをいいことに、トルコ人っぽい店員さんが「うぇ~いw」って言いながらくるくる回したりひっくり返したりしてわたしをもてあそぶんですよ。とても最高。

 

それで、アイスを渡されるときに「うまいね」と言われたのですが、何がうまかったのか全く分かりませんでした。りしでした。

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ピュアの極み乙女、はとんでもない泥棒であった

覚えているだろうか、16歳女子高専生「ピュアの極み乙女、」。

そんな乙女たちは昨年、とんでもないものを盗んでいった。

総務大臣賞とおじさまの心である。

 

ここに記事があるだろう、とても若さがある文章だ。

この可愛さと若さでおじさまの心はわたしたちの虜である。

10riridk0.hatenablog.jp

 

あれから1年、乙女たちは17際になった。そして、またこの場に戻ってきた。

また、おすしを食べ、誰かの心を盗むためにICTビジネスモデル発見&発表会という場に姿を現したのである。

 

なぜまたプレゼンをするのか

「グランプリをとった次のICTビジネスモデル発見&発表会でプレゼンをする」

これは、受賞した時点で確定していた。ピュアは実質グランプリをとったようなものだったので、発表しなければならない。

 

そのことを完全に思い出した2016年12月、沖縄で開催されたビジネスコンテストの日である。実はこの日、ピュアのメンバーであるるいこは、すでに別のチーム「ちーむそばちゃ」で見事ICTビジネスモデル発見&発表会挑戦権を勝ち取り、わたしは「ちーむまぐろ」で起業家甲子園挑戦権を勝ち取っていた。しかも、まなうぇいはカナダへ留学。

 

おわかりいただけただろうか。

わたしたちはとんでもない状態の中、プレゼンをすることになってしまっていた。

 

1月

ようやく重い腰をあげ、わたしはプレゼンストーリーを練り始めていた。しかし、るいこはちーむそばちゃのことがありまなうぇいはカナダである。おわかりいただけただろうか、ピュアで動けるのはわたしだけである。

 

わたしはただひとり、起業家甲子園やイマジンカップ、そしてなぜか突然生えてきたシリコンバレー起業家育成プログラム、そして学校のお勉強・課題を抱えながらストーリーを作り始めた。

 

「なんかりし、割と仕事あるようにみえるやばない?」

 

と思った方、優しい心の持ち主だ。

確かに余裕がない日も多く存在したが、わたしの心は海のように広く、そしてメンタルはシリコン素材なのでいくら曲がっても折れることはなくしなっていく。そのため、特に病むこともなく「うへへ~しんどいしんどい~」と、水素のように軽いしんどいを連発していた。

 

ストーリーは少し前からM教授と話しており、大体の流れはM教授案を採用し進めた。あとは細かいセリフだけだぜ!余裕余裕と思っていたが、全く余裕ではなくむしろ詰まっていた。たまにM教授に泣きつきながら、頑張ってストーリーを練った。

 

また、カナダに留学中のまなうぇいは動画出演をすることになった。大まかな台本を書いてもらい、たくさん素材を撮ってもらった。元気なまなうぇいがみれて安心するとともに、わたしのタスクに「まなうぇいの動画を編集」が追加された。

 

2月

テストも近づき、ピュアの活動もお休みモードになったころである。

 

ストーリーもだいぶ確定しており、あとは練習してその都度直していくような状態になった。しかし、起業家甲子園やシリコンバレーなど、まだ行っていないやっていないうふふみたいなスライドは、まだ作ることができず直前に一気にやることになった。

 

そして地獄のテストも終わり、るいこのきゃわいい♡写真もスライドに追加しいい感じにしたころ、りしはシリコンバレーへ飛んだ。

 

3月

シリコンバレーのストーリーが迷走しまくっていたが、まなうぇいの動画も作り終え、りしは起業家甲子園へ。そして、さくらインターネット賞を受賞し帰ってきた。やっと、ピュアのプレゼンにやっと集中できるようになった。

 

M教授のマサカリを受け、パワポ・ストーリーを作り直し、ほぼ完成。あとは練習あるのみ... ...しかし、時というものは残酷で完成した時点で3月10日、本番まで残り4日であった。

 

3月12日

ちーむそばちゃとともに東京に飛んだ。

 

この日はスポンサー様社でプレゼンの練習をさせていただいた。

なぜかここで「りしP(りしプロデューサー)」というあだ名をもらった。

ちーむそばちゃのプレゼンはとても沖縄感が出ていて、3人とも良いキャラでとてもみていて楽しいものだった。

 

ここで数時間プレゼン練習をし、ピュアのプレゼンも割と完成しつつあった。

ちなみに、ハイライトはこちら。

 

3月13日

リハーサルの日がやってきた。

なぜか、わたしだけ出席をとられずリハーサルの存在を忘れられてしまい心がしんどかった。

 

3月14日

本番当日の朝

わたしはちーむそばちゃプレゼンのときにカチャーシーを踊るフレンズだったので、朝から張り切ってこのTシャツ短パンで会場に向かった。

 今回も、他の登壇者のプレゼンは聞かず会場の外でるいこと一緒に練習をしていた。るいこはちーむそばちゃ、わたしはピュアのプレゼンをひたすらに。

 

わたしの服装の季節感が違いすぎて、お偉いおじさまに「君だけ服装沖縄っぽいね」と言われ、インタビューのお兄さんには「登壇者ですか」と恐る恐る聞かれる始末。そんなこんなで、ちーむそばちゃの番がやってきた。

 

ちーむそばちゃ

最初の茶番もいい感じ、もう完璧だ。そう思った瞬間、動画が動かない。会場が一気に静まり、冷えたように感じた。わたしの猫背だった背中はピンと伸び、手には冷汗がにじみ始めた。でも、るいこは冷静にプレゼンを進め始めた... ...というところで、司会の声が響く。

 

「今のはリハーサルということで」

 

どう考えても神である。

茶番軍はもう1度着替え、舞台裏の人々はまた準備をし始めた。準備ができたあと、ちーむそばちゃはまたプレゼンをし始めた。

 

ええ、あのプレゼンは素晴らしかった。その言葉に尽きる。正直、ちーむそばちゃしかみてないけど、ちーむそばちゃが一番すごかった。絶対そう。

 

きっと、このことに関してはちーむそばちゃがまたブログを書くことを期待してこのくらいにしておこうと思う。

 

ピュアの極み乙女、

ぶっつけ本番なのでプレゼンカチカチの使い方もよくわからず登壇。るいこと目を合わせ、プレゼンカチカチのボタンを押した。

 

まじで呪われているのではないかと思うほど、パワポは思った通りに動かない。動画流れないし(流れた気もするよ!覚えてないよ!)おすしスライドもうどんスライドも出てこないしどうゆうことだってばよみたいなトラブルにあった。ほら、プレゼンカチカチの使い方わからないまま登壇したからこんなことになってしまった。司会者も「リハーサルでできないことは本番でもできない」って言ってたじゃない、わたしそもそもリハーサルしてないけど。

 

そのあとは、わたしもプレゼンカチカチに慣れたのかすんなりプレゼンを進めることができた。るいこが忘れてもわたしがフォローできるくらいには余裕があった。

 

しかし!わたしは大失態を犯す!

動画で説明するシーンでろれつが回らなくなり、説明が間に合わなかったのだ。自分でもやっちまったと思ったが、ここでめげないのがりしである。

 

「うわああすみません!もう1度やり直させてください」

 

やり直しを提案した、これしか方法が思いつかなかった。このとき、沖縄高専組が座っているところ見れなかった、怖かった。でも、顔は笑顔のまま、声のトーンはいつも通り明るいまま、わたしは説明し始めた。

 

どうにか、終わった。

トラブルにたくさんあったがどうにか全部回避できた。臨機応変に対応できたことに成長を少し感じた。

 

でも、やはりわたしの心に残るのは説明をやり直したこと。

あれも臨機応変な対応だととらえるのか、それとも失敗だととらえるのか。少なくとも、あの説明をやり直したことできっと何人かは「失敗だ」と思ったんじゃないかな。

 

まあまあ!失敗した部分もあったけど、全体的にね、成功だよ。

拍手をしてくれた会場の皆様、ありがとうございました。

 

ここでハイライトをご覧ください。

 

 

ついでにピュアの悲劇もご覧ください。

 

 

3月15日

ええ、ハイライトをご覧ください。

 

 

こうしてピュアの極み乙女、&ちーむそばちゃ in 東京は幕を閉じた。

 

今回プレゼンして思ったこと

練習をあまりしないで挑んだのが表に出た。もしかして、もっと練習していれば動画に合わせて説明するところも失敗しなくてすんだのか、と思ったりとか。でも、心と時間と体力に余裕ができたのが大会4日前なのでね、仕方がない。

 

逆にちょっと視点を変えると、あの余裕のなさでよくぞあのプレゼンができたよなあという感じもする。余裕がないのにプレゼンが成功したのは、「ピュアならいける」という謎の自信とるいこを信頼していたからだと思う。

 

るいこを信頼していたから、自分のプレゼンに集中できたし余裕があった。だから、臨機応変に対応できた。何より、信頼していたから謎の自信が生まれていたのではないかな。

 

さいごに

毎週のように東京に飛ぶ生活が終わり、やっとわたしの春休みが1週間やってきた。このことを母に言ったら「社畜っぽい」って言われたのでわたしは社畜なのかもしれません。

 

そういえば最近、わたしの体が引きこもり時代の自分を思い出し始めたらしく、コミュ障と引きこもりが悪化しました。その上思考も完全にそのころと同様、ネガティブな感じになりつつあります。なんということでしょう。

 

まあね、来年度はもっと地味に生きたいなあと思いつつ、また頑張ろうと思います。