ゆるゆる自適

JKとして歩む日々

ぷろこんたーのしー!【前編】

どうも、先ほど半目で寝ていたという情報を得たりしです。半目で寝る、というのは見栄えが悪いのは事実ですが瞼の筋肉がまだ若いという証拠らしいので誇らしい気持ちになっています。

今回はですね、プロコンダイジェストです。特に反省もすることなく、私がやってきたことや心境をひたすら書き綴っていきます。後編は反省などなどを書くので、内容的にそっちのほうが大事なのですが、プロコンの状況や私の心境を文字に起こしておこうかなと思いましてね... ...数年後読んだたら恥ずかしさで死ぬ!みたいな内容になりそうです。

目次はこんな感じ。
大事なことは13に書いてありますので、13だけ読んでって感じです。

1月 回らない寿司屋爆誕

ここでイカれたメンバーを紹介するぜ!

謎言語を話し始める男!きしもん!
顔がウェイ心もウェイのりんぱんまん!
起こしても目覚めない眠り姫のるいこ!
そして喋るとヤンキーになるリーダーの俺だ!

こうみると割と濃ゆいメンバーが集まっていますね。
この4人で「回らない寿司屋」という名前で活動していくことになるわけなんですよね。

2月~3月 音楽性の違いでメンバー3人が活動休止

回らない寿司屋の私、るいこ、りんぱんまんはこの時点で
別のチームに所属している身でもありました。

そのため、寿司屋の活動をする時間がなく泣く泣くきしもんを置いて活動を休止するような形になったわけです。

活動を休止している間、きしもんはひとりでアイデア出しなどに励んでいました。泣けますね。友情を感じます。

4月 活動再開と終わらないアイデアだし

長い活動休止を経て、見事4人で活動を再開したのは4月。
プロコン企画書提出がだんだん近づいてくる時期ですね。

私たちはない頭を絞り、毎日毎日アイデア出しをしていましたが、 リーダーである私が口だけヤンキーのせいで毎日喧嘩をしているような雰囲気がありました。

まあ、この月はアイデアも出ず終わっていきました。
今思えば、るいこが出した案を速攻折る・捨てるといったことをせず、良いところを見つけたり深めていけば良かったと思います。

5月 新メンバーの加入と企画書提出

こんなヤバイ雰囲気な中、寿司屋に新たなメンバーが加わりました。
1年生のまいたけくんです。

まいたけくんは、非常にいい子な上私の地元の同級生にそっくりという理由で加入してもらった子でした(他にも理由はありますよ)。

イデアは固まらず気づけばGWは終わり、まいたけくんを完全放置してしまい人生終わった解散ですわ... ...という気持ちになり始めたころM教授の助言が舞い降りました。「つみきを使ってプログラミングってどうかな」的な内容だった気がします。

その助言が後々「つみきっず」というプロダクトとなりました。
私たちは爆速で企画書を書き、どうにか提出日前日に完成させることができました。控えめに言って死ぬと思いました。

6月~7月 決まらない仕様、絶望の開発

魔のテストも終わり、もう開発をするぜ!という状態になりました。
しかし、問題がありました。それは仕様が決まらないこと。

毎日「見た目はどうする?」「使うソフトはどれ?」という話ばかり。
それが7月まで続きました。

仕様確定したのは7月の後半、期末テストの前のことでした。
教授が尻を叩かなかったら、8月が過ぎても使用は確定せず開発期間がもっと短くなっていたかもしれません。そう思うと寒気がします。もし、私がもう少ししっかりしていてメンバーの尻を叩き「仕様確定するぞゴルァゴルァ!!」「教授に相談するぞオルァウラァ!!」とやっていたら、早い段階で仕様が確定していたのかと思うと非常に悲しいです。

8月~9月中旬 開発

期末テストが終わり、寮の清掃後熱中症でぶっ倒れお家に緊急搬送された8月。そんな私はUnityで開発をすることになりました。
私が主に担当したのは、

  • エフェクトを指定座標に出す・色をランダムに変えるなど
  • シーン遷移・フェードイン/アウト
  • BGMのフェードイン/アウト
  • 効果音を簡単に指定できる何か

でした。
Unity未経験かつ開発1年ぶりみたいな私にとって、非常に辛いこともありましたがなんやかんやで楽しかったですね。あのコードはもう人には見せられないレベルなのは確かなのですが、それでも初めて開発の中心にいたような気がして内心とても嬉しかったんです。また、開発をするうえでOBのパイセンにお世話になったり、泣きながらりんぱんまんにSlackを投げたりしました。みなさん... ...私みたいなくそざこなめくじにお付き合いいただきありがとうございました。おかげでどうにか自分のタスクを期限内(誤差1週間)に終わらせることができました。

ああ、開発つらいけどずっとコード書いていたい、と思った矢先、私はある現実を突きつけられます。

  • プロコンパンフレット掲載用の原稿の作成
  • マニュアルの作成
  • ポスターの作成
  • デモ中に配るパンフレットの作成
  • プレゼン

そう、プロコンに必要な資料たちとプレゼンです。
私は資料作成とプレゼンをすべて引き受けることになりました。
ここからは私の戦いと闇の始まりです。

9月中旬~プロコン旅立ち前夜祭

私は毎日WordとPowerPointを行き来する日々を送っていました。

たまにM教授の添削をしてもらっては直し、教授が添削できなさそうなら自己添削してどうにかし、心配してくれた先輩がアドバイスや添削をしてくれたり... ...とにかく毎日何らかの文章を書いては頭を抱え添削をしていました。その間、チームメンバーはほったらかし。たまに進捗確認したと思えば口悪さ全開でメンバーに指示を出すというクソリーダーをやっていました。

プロコンパンフレット掲載用の原稿は気合いと教授の力で提出、マニュアルはどうにか提出、ポスターほぼ完成は10月2日、パンフレットやポスター微調整などはタスクがすべて終わったるいこにやってもらうことになり、私がプレゼンに手を付け始めたのは10月1日の夜のことでした。

ストーリーとパワポを同時に作りつつ、たまにポスターやパンフレットを手伝う日々が続きました。そして山口に旅立つ前日、完成していないシステムとプレゼンを目の前にひとりで絶望していました。

いやあね、ポスター作るのがへたくそすぎて半端ない時間を費やしてしまいました。早めに先輩に頼るべきだったと思いますし、もう少しデザイン力や書くべきことを列挙する力が欲しいと思いました。

良いこのみんなはポスターに2週間以上費やしたらだめだぞ!りしお姉さんとの約束だ!

プロコン派遣1日目 中華料理と終わらないプレゼン

気づいたら中華料理店でごはんを食べていました。
私が食べたのはカニがのってるチャーハァンだったんですが、これが美味しい。私の近くに座っている人に「美味しいぞこれ」みたいな顔を見せつけながら食べていました。いやまじ美味しいんですよ。

ご飯を食べて「もうプロコンも終わりか~楽しかったなあ」と思っていたころ、私は現実に引き戻されます。実は、プロコンは終わってもいないし始まってもいなかったのです。しかも、私はプレゼンのストーリーもパワポも完成させていないのです。冷や汗をかきました。

ホテルに戻り、私は引率教員おふたりさんやるいことともにプレゼン大添削会をはじめました。ストーリーが完成したのは23:55。5分後には本番当日になってしまう、そう思うと笑うしかありませんでした。

プロコン派遣2日目 ショックのあまり5歳児になる

朝起きて最初にやったのはパワポ修正でした。この修正が非常にやりづらく、私は泣きながら作業をしていました。この修正が終わったのは9:30ごろ。正直、ピクセル職人をしたいしグラフももう少し綺麗にしたい。しかし、これ以上こだわり続けると練習時間がないことに気づき、私はあきらめパソコンを閉じ会場に向かう準備をすることにしました。時計をみてみると、プロコン会場でデモをし始めている時間でした。控えめに言って絶望。もうだめだと本気で思いました。

絶望した気持ちを抑えつつ、私は慣れないスーツを着て会場に向かいました。会場につき、回らない寿司屋のメンバーに会うべくデモ会場に向かうと、動いていないシステムが視界に入りました。それでも頑張って動かそうとするきしもんやパンフレットを配るほかのメンバーをみていると非常に心苦しくなりました。それと同時にプレゼンへの自信を完全に失いました。私は荒い口調でメンバーに指示を出しプレゼン練習場所を探しました。いい感じのソファを見つけてイェイェ~~!!となっていると9期のパイセン3人が姿を現しました。もうテンションバリマックスになるべきところなのでしょうが、私はそれどころではなく緊張による腹痛と吐き気、そしてシステムが動いていないショックで死んでいました。

プレゼン練習をやろうと思ったのですが、完全に自信を失った上今までのことが一気に思い出されてしまって涙が出てきました。もう号泣です。周りにいたM教授やずっきー先生、9期の先輩が混乱し始めました。それはそうです、18歳の女の子が唐突に泣き始めるのですもの。

「何か食べる?何か買ってこようか?」
「ゼリーだったら食べれる?」
ティッシュもらう?」
「アァアァ泣かないで」

21歳3人が18歳の女の子をひたすら慰めている謎の空間。はっきり言って異様でした。それでも私は涙が止まりません。心が5歳児以下になっているので何をやっても泣いてしまいます。

泣き止みそうになった瞬間、某社の某氏が現れました。それをみてまた泣きました。それくらい私は精神がやられていました。

9期のパイセンたちが買ってきてくれたゼリーを飲みながら「自信をもって!」「りしならいけるぞ!」と応援されているうちに、やっと泣き止みどうにかプレゼン練習ができるレベルになりました。それでも、胃酸が胃を溶かすような痛さは消えません。「おなかいたい!」「絶対胃溶けてるって!」と言いながら、18歳のスーツを着ている女の子が裸足で駆け抜けていくのははっきり言って異常です。しかし、このくらいしないと気持ちが落ち着かない上胃が痛いのです。許して。

プロコン派遣2日目 5歳児泣き止み、本番に挑む

ついに本番10分前です。もう悟りを開き始めていました。

会場に入り、接続確認をします。大丈夫そうですね、席に戻って練習するかと思った矢先、会場のおじさんが

「や、沖縄高専さん最初にプレゼンするのでそのまま接続しておいてください。」

死んだ。控えめに言って死んだ。
巻き爪のせいでヒールは痛いし最後の確認もできない。ここは地獄である。私はこのおじさんに小指をたんすにぶつける呪いをかけた。

数分後、いよいよプレゼンです。
M教授に「グッ」とサインを出された気がしたので頑張るぞい!のポーズをしました。緊張はしていましたが、さっきまでの胃の痛さはなく割と落ち着いていました。

「それでは沖縄高専、つみきっずの発表を始めさせていただきます。」

言えた!いけるぞ!
と思った矢先に噛みまくったり、内容ぶっ飛んだり、HDMIというべき場所をVHDLと言ったり大変なことになっていましたがどうにかやり過ごしました。プレゼン後、なぜか会場の重々しさは消えとても柔らかい雰囲気に包まれていました。そのおかげか質問も優しく、私のプレゼンは終わりました。

マイクを持ちながらみんなのところへ向かってしまい、次の高専が混乱していたのは本当に申し訳ないと思っています。許して。

みんなのもとに戻ると、「頑張ったね!」「よかったよ!」「VHDLって言語だよね??」といろいろ言われました。そしてるいこは泣いていました。

プロコン派遣3日目 デスマと絶望、そしてデモ

デスマをしていたはずが起きると朝5時。きしもんはデスマをしていましたが、それ以外は全滅していました。システムは完全に動く保証がない状態にあり、メンバーの頭には「絶望」という言葉がよぎります。それでも、かすかな希望を胸に会場に向かいました。

デモの時間ギリギリでどうにかシステムが動くようになりました。あとは、私とりんぱんまんがごまかし力をとコミュ力をいかに発揮するかにかかっています。緊張で胃が痛みつつ、マニュアルから審査がスタートしました。私が思考を停止してしまうと、りんぱんまんはすかさずサポートしてくれたり、技術の話を振られると私がきしもんにバトンタッチしたりするなど、協力プレイでマニュアルとデモをすべて乗り切りました。正直、あのときのチームワークは最強だったのではないかと思います。

すべてのデモが終わると、企業の方がたくさん来てくださいました。
いやあ、「良いシステムだね」「デザインがかわいい」「プレゼン良かったよ」と言われるたびにやけが止まりませんでした。

プロコン派遣3日目 結果発表ってマジ眠い

片付けも終わり、閉会式へ向かいます。
閉会式の前にお手洗いに行こうとそこら辺を徘徊していると見事に迷いました。つらかったですね... ...。

閉会式、正直眠いですよね。企業賞を取る気満々だった私は、瞼を閉じていました。競技部門、課題部門... ...アースゴイナーウンウンソレモプロコンダネと思いながら、夢の中へ落ちていきます。自由部門... ...ウンウンソレモプロコンダネと思った瞬間のことでした。

「17番 沖縄高専

と呼ばれた気がしたのです。目を開けると、回らない寿司屋一同17番という概念がわかっていない上、自分の高専の名前を忘れたような顔をしています。周りを見回すと「いや、おまえらだろ」みたいな顔がみえたので、私は17番 沖縄高専ということを認識することができました。

それでも半信半疑で舞台に向かいます。チラッと沖縄高専のもうひとつのチーム「サーモン焼いたら鮭」のメンバーを見つけました。みんな「おめでとう」みたいな顔をしており、「これ受賞してるのでは?」と思いながら舞台に上がりました。正直、目の前にいる高専JKをみてテンションが上がっており授賞中の記憶があまりありません。

受賞後、らてぷろに一瞬会ったりカラオケ行ったりしてすごく楽しかったです。

プロコン派遣4日目は割愛するぜ!というわけでダイジェストまとめ

今までごちゃごちゃ書いてきましたが、簡単にまとめてしまおうと思います。

今回のプロコンは私にとって非常につらいものでした。リーダーとしてメンバーをまとめないといけない、しかも委員長だからICT委員会全体もまとめないといけない。でも、メンバーを引っ張ることができない、口調が荒くなるだけ。開発もよくわからないし、資料作成しないといけないから開発から離脱しないといけない。しかも、プロコンのプレゼン初めてすぎて何から書けばいいか全くわからない... ...とにかくつらいことばかりでした。

でも、楽しいことだっていっぱいありました。同級生が多いチームだからか、すごく居心地が良くチームの雰囲気が良かったし、開発するときも気軽にメンバーに実装方法聞くことができたし一緒に悩むこともできました。資料作成やプレゼンもしんどいことばかりだったけど、完成したものをみると達成感があり、少しだけにやけてしまうほどうれしかったのです。

一言でまとめてしまえば「最高につらい、けど最高に楽しいプロコンだった」といえるのではないでしょうか。

次回予告

次回はプロコン大反省会の記事です。お楽しみに。

10riridk0.hatenablog.jp