ゆるゆる自適

JKとして歩む日々

私は本当に委員長になれていたのだろうか

副委員長を3カ月で辞め、本科2年生で委員長に就任した女の子がいた。
彼女は、少しだけコミュ力があるお喋り好きな平凡な部員で、委員長候補になることすらなかったはず... ...だった。

しかし、ひょんなことから委員長になることが決まり、不安と困惑、疑問を抱えながら委員長になった。
普通なら途中で投げ出してしまうかもしれない。でも、彼女は2年間委員長をやり切った。

そんな彼女を、周りは「すごい」「さすが委員長だ」「そのカリスマ性があったから委員長に選ばれたんだ」と言った。
... ...本当にそうだろうか?彼女に委員長になれるような才能はあったのだろうか。
そもそも、彼女は委員長に抜擢されるような人だったのだろうか。
本当に彼女は、委員長だったのだろうか。

委員長になる少し前の話

委員長と呼ばれるずっと前、私は平凡な部員だった。
副委員長候補に名前が挙がっても落とされる、もしくは名前すら挙がらない。そのくらい平凡な部員だった。

そんなある日のこと。2年生の夏くらいだったと思うが、留学に行く副委員長の代わりを務めることになった。なぜ私が選ばれたかはわからないが、おそらく消去法でたまたま残ったのが私だったというくらいの理由ではないかと思う。まあ、副委員長になったとは言っても世間一般に言う「臨時」または「代理」である。一時的なものだ、私はすぐ部員に戻るのだろう。あの頃の私はそう思っていた。

副委員長になって2か月か3か月ほど経ったある日のことだった。

「委員長にならないか」

と教授に言われた。私にできるはずがない、まだ副委員長の仕事すら慣れていないんだ。部員をまとめるなんて無理に決まっている。そうゆうことばかりが頭をぐるぐる回っていた。

なぜ私が委員長に選ばれたか(ただ、何らかの才能が評価され、委員長に抜擢されたわけではない。これだけは確かだ。)、なぜ拒否しなかったのか、正直覚えていない。でも、私は副委員長3か月目にして委員長(2年契約付き)になることになった。それだけは紛れもない事実である。

後日、部員が次期委員長は誰なのかという話で盛り上がっていた。私の名前が挙がるのではないかとドキドキしながらみんなの話を黙って聞いていた。しかし、私の名前は一度も出てくることもなく、話題は別のものに切り替わった。「まあ、普通はそう思うよな」と思う半面、自分の名前が出ないことに少しだけショックを受けていた。でもやっぱり、私は委員長になるべき人間ではないんだろうなと結論付け、ドクペを飲み干したような気がする。2年以上も前のことだ。正直記憶はあいまいである。

ここまで読んだらわかるように、私は「カリスマ性があったから委員長になった」とかそうゆう理由があって委員長に選ばれたわけではなかった。部員の「委員長は誰なのか」という話題に名前すら出てこない平凡な部員なのに、様々な理由が重なり委員長できそうな人が私しかいなかった... ...という理由で委員長になった。たったそれだけのことだった。

委員長になった後の話

そんなこんなで私は正式に委員長になった。
そのあとはどうしたんだろう、委員長就任後の記憶はほとんどない。どのくらい覚えていないかというと、自分のブログの記事読んで「嘘。こんなのやったっけ」となるくらい。唯一覚えているのは書類書きまくったことと忘年会で部員が美味しいものを食べている中、ドタキャンした人と遅刻した人の対応していたら食べ放題の30分以上が終わっていることくらいである。いつも食べ物食べる前に疲れ切ってしまって食べる気力さえわかない。頼むからドタキャンしたり遅刻するのやめてほしい。今年ドタキャンとか遅刻が多かったら来年から忘年会開催させないようにしてやろうか。マジで。

... ...話を戻そうか。このままでは愚痴になってしまう。

忘年会のドタキャンとかもそうだが、この部活では定期的にトラブルが発生する。そのたび、委員長をやめたくなる。

なんとなく過去の委員長たちと比べられている気がしたとき。
書類書くのがだるいとき。
副委員長や教授から連絡がこないとき。
事務の人から「書類が足りない」と注意されたとき。
いろんな人から「ICTの部員ってさ」と苦情が入ったとき。
ICT委員会の方向性がわからなくなってしまったとき。

とにかくたくさん「やめたい」と思うタイミングがある。たぶん毎秒やめたいと思っていた。

でも、なぜか部員のことやICT委員会の思い出を思い出すとやめることを躊躇ってしまう。辛くてやめてしまいたいのに、なぜかまだ委員長って呼ばれたいなあなんて思ってしまうのだ。私は辛い環境下にいたいドMなのだろうか?... ...なんか悲しくなってきた。この話もやめよう。

私は本当に委員長になれていたのだろうか

この2年間委員長という名前を背負ってきたが、私は委員長になれたとは一度も思っていない。私が委員長になってやったことは、書類を書いたことと連絡事項を回すこと、あとは「彼女が委員長です」と紹介されたら挨拶するくらいだ。あ、あとひとつ!忘年会でドタキャンした奴らの代わりに店員さんにしぬほど謝ること。

そして、部員が思っているであろう理想のキラキラな委員長になれたとも思っていない。今までの文章を飛ばさず読んでくれた君ならわかるはずだ。キラキラな委員長なんてどこにもいない。そこにいたのは人間味のある委員長の出来損ないだ。

でも、あなたが「君は委員長だった」と言ってくれるなら、私はきっと委員長になれたんだと思う。
あなたが「君は十分委員長をしていた。キラキラしていた」と言ってくれるなら、私はきっとこの2年間輝いていたんだと思う。
あなたがいてくれたから、私は委員長になれたんだと思う。ありがとう。

... ...長く語りすぎてしまっただろうか。というか闇を書きすぎてしまったのではだろうか。
私は今、すごくビクビクしている。

まあとにかく、闇だろうが何だろうが明日から私は普通の部員に戻る。もう委員長と呼んでも振り向くことができない。
そう思うと少しだけ... ...いや、嘘。結構寂しいなあ。

委員長じゃない私を、これからよろしくな。

最後に

これはICT Advent Calendar 201827日目の記事でした。面白いことに、この記事は100日以上前に書いたものなのですが、何度も引退するタイミングを逃し、今日公開することになりました。ようやく公開することができて、私は本当にうれしい気持ちでいっぱいです。

ちなみに明日はwakimikoくんらしいです。
wakimiko-hashibiro.hatenablog.com

てかさあ、

でも、あなたが「君は委員長だった」と言ってくれるなら、私はきっと委員長になれたんだと思う。
あなたが「君は十分委員長をしていた。キラキラしていた」と言ってくれるなら、私はきっとこの2年間輝いていたんだと思う。
あなたがいてくれたから、私は委員長になれたんだと思う。ありがとう。

ってとこやばない?わたし私詩人じゃん。ポエットだよポエット。

感謝の言葉

約2年間私を委員長と呼んでくれた部員のみなさん、ありがとう。
私を委員長として慕ってくれた後輩のみなさん(ほんまか)、ありがとう。
私をサポートしてくれた副委員長と教授、ありがとう。
そして私を委員長に選んでくれた教授、ありがとうございます。

みなさんのおかげで委員長になれました。素敵な2年間をありがとう。